他の地域の大谷石建造物② 旧・帝国ホテル ライト館2

超一流の日本らしさ
かつては「帝国ホテル新館」と呼ばれ、今日では「旧・帝国ホテル ライト館」の名で知られる建造物は、設計者であるフランク・ロイド・ライト(1867~1959年)が工事中に解雇・帰国、落成披露の当日が関東大震災(1923年9月1日)だったことなど、数奇な運命とともにあります。また、そうした事柄に特化して語られがち、という側面も否めません。
しかし、動かしがたい事実は、この建物が当初から「日本の顔」として計画された点でしょう。そもそも帝国ホテル

http://www.imperialhotel.co.jp/j/

自体が、近代日本の国家的事業であり(起案1887年→開業1890年)、欧米に恥じない迎賓館の役割を担う施設だったので、建築家やスタイルを問わず、ホテルの相貌と性格には、「超一流の日本らしさ」が求められました。
その意味では、ルネサンス・リヴァイヴァル様式の初代「本館」(1890~1922年、設計=渡辺 譲)よりも、斬新な「ライト館」の方が趣旨に適っており、「ライト館」時代に於けるホテルのイメージ戦略には、このことの訴求が強く感じられます。

帝國ホテル 編『IMPERIAL HOTEL TOKYO』帝國ホテル, 1927年~昭和初期 より 表紙 宇都宮美術館蔵
帝國ホテル 編『IMPERIAL HOTEL TOKYO』帝國ホテル, 1927年~昭和初期 より
表紙
宇都宮美術館蔵
帝国ホテルへのアクセス 左…帝國ホテル 編 『IMPERIAL HOTEL TOKYO, TOKYO』 帝國ホテル, 1927年~昭和初期 所収 右…同 『IMPERIAL HOTEL TOKYO』 同 所収
帝国ホテルへのアクセス
左…帝國ホテル 編 『IMPERIAL HOTEL TOKYO, TOKYO』 帝國ホテル, 1927年~昭和初期 所収
右…同 『IMPERIAL HOTEL TOKYO』 同 所収

富士を望み、桜が寄り添う
たとえば、昭和初期に発行された「ホテルの印刷物」は、必ず表紙に「ライト館の玄関」をあしらい、さまざまなアングルと表現で、「伝統美の新解釈」を踏まえた「日本の顔」を示しています。
先に紹介した洪洋社の写真集とは異なり、名所図会や装飾図案にヒントを得たグラフィック表現で、帝都から望む富士山、わが国の四季とともに、建物のディテールを含むモダンな風物が描かれました。特色の「金」が華を添えるリーフレット、錦紗を思わせるエンボス加工の紙を使ったパンフレットも発行されています。対象となる顧客に合わせて、英文のみ、和英併記、和文のみという工夫が見られ、内容とエディトリアル・デザインが一致していることは、言うまでもありません。
このような印刷物、ひいては「ライト館」そのものについて、モダン昭和の世相と、ライトの強烈な個性によって生み出された「風変わりな異国趣味」という指摘もありますが、もっと「日本という地域性の色濃い先進的モダニズム」の真価と国際性を高く評価すべきではないでしょうか。

帝國ホテル 編 『IMPERIAL HOTEL TOKYO, JAPAN』 帝國ホテル, 1927年~昭和初期 より 表1-2(表紙) 個人蔵
帝國ホテル 編 『IMPERIAL HOTEL TOKYO, JAPAN』 帝國ホテル, 1927年~昭和初期 より
表1-2(表紙)
個人蔵
帝國ホテル 編『ホテルの栞 帝國ホテル』帝國ホテル, 1927年~昭和初期 より 表紙・裏表紙 個人蔵
帝國ホテル 編『ホテルの栞 帝國ホテル』帝國ホテル, 1927年~昭和初期 より
表紙・裏表紙
個人蔵

モダニズム、日本、そして大谷石
興味深いことに、同じく「ライト館」を打ち出すホテルの印刷物でも、少し早い時期のものは、かなり傾向が異なります。もちろん顔となる「玄関」が登場し、「建物のディテール」を図案化したイラストレーションとパターンで飾られていますが、文字さえなければ、ウィーン分離派風の刷り物と言っても、何ら違和感はありません。
しかし、グラフィック・デザインとして見れば、未熟さが感じられ、何よりも「ライト館」が体現する「新しい日本らしさ」のアピールが弱い、と言えます。そのこと――建物の稀有な「象徴性」(新しい日本らしさ)に対する同時代の人々の自覚こそが、実は「モダニズム~日本~大谷石」の深い結び付きの理解につながり、本展を通じて解き明かそうとしている重要なポイントの一つなのです。
建築をテーマとする展覧会は、作品そのもの(建造物)の展示に限界がありますが、今回は、写真と印刷物に加えて、「建物の遺構」を実際に見せるため、後世の私たちも大きな刺激を受けることでしょう。

帝國ホテル 編 『御案内 帝國ホテル 東京日比谷』 帝國ホテル, 1923~昭和初期 より 表紙・裏表紙 個人蔵
帝國ホテル 編 『御案内 帝國ホテル 東京日比谷』 帝國ホテル, 1923~昭和初期 より
表紙・裏表紙
個人蔵
フランク・ロイド・ライト(設計)《旧・帝国ホテル ライト館》の玄関部分(移築) 博物館明治村にて
フランク・ロイド・ライト(設計)《旧・帝国ホテル ライト館》の玄関部分(移築)
博物館明治村にて

http://www.meijimura.com/enjoy/sight/building/5-67.html

フランク・ロイド・ライト(設計)《旧・帝国ホテル ライト館》の柱(遺構) 鉄筋・煉瓦コンクリート造、大谷石・簾煉瓦張り 博物館明治村蔵
フランク・ロイド・ライト(設計)《旧・帝国ホテル ライト館》の柱(遺構)
鉄筋・煉瓦コンクリート造、大谷石・簾煉瓦張り
博物館明治村蔵