TOPICS005:《牛乳石鹸モンサヴォン》をめぐるエピソード エピローグ――デザイナーの眼 11.04.2018

《牛乳石鹸モンサヴォン》(1948/1950年)のポスターで大きな弾みがついたサヴィニャックは、最も得意とする「シンプルで伸びやかな表現のイラストレーション」による作品群で、とりわけ1950年代~1960年代のポスター史に揺るぎない地位を築きます。もはや「自主制作のポスター原画」を描き、広告代理店回りやクライアント探しに奔走せずとも、フランス内外の名立たる企業から、さまざまな仕事の依頼が来るようになったのです。エール・フランス航空のシリーズで「マルティニ大賞 特別賞」(1956年)に輝いて以降、受賞歴を重ね、国際的な評価も高まりました。
とは言え、1970年代になると、連載記事の第四回で言及したアート・ディレクター制度の定着と、これに伴うコミュニケーション・デザインのあり方、それを受け止める社会それ自体の様変わりには抗えず、仕事量が著しく減ります。年齢的には60代に入っていました。それでもなおサヴィニャックは、引退など眼中になく、自ら編み出したグラフィック表現、制作手法を、むしろ公共広告や、1982年から創造・生活の拠点としたトゥルーヴィル=シュル=メールの地域活動に活かし続けるのです。

そんなサヴィニャックについて、同時代の日本人グラフィック・デザイナーで、親交もあった亀倉雄策(1915~97年)は、敬愛を込めて「フランスの文化である」と称えました(展覧会図録『フランスのユーモアとエスプリ サヴィニャック ポスター展』西武美術館, 1989年)。すなわち、フランスのポスター作家ではなく、この国の文化を体現する存在だと。
では、もっと若い世代のクリエイターに対して、サヴィニャックは如何なる「糧」を残したのでしょうか。
「連載記事《牛乳石鹸モンサヴォン》をめぐるエピソード」の締め括りは、そのリアルな声――まさにサヴィニャックの申し子にして、彼を世に送り出した「牛」のモティーフを効果的に用い、当館のポスターチラシを手がけられたグラフィック・デザイナーの岡田奈緒子さんにお話を伺いました。

【サヴィニャック2018@宇都宮美術館 特設サイト(以下・宇)】まず、岡田さんにとって、サヴィニャックはどのような存在ですか?
【岡田奈緒子さん(以下・岡)】 イラストレーションと広告を高度に融合させ、アートと呼べる領域にまで高めた偉大なイラストレーターであり、グラフィック・デザイナーです。
【宇】 第一会場の練馬区立美術館で、実作をご覧になった感想は如何でしたか?
【岡】 サヴィニャックの「絵」や「ポスター」のイメージ、これらに関する知識に触れてはいたものの、展覧会場で現物を前にすると、その圧倒的なサイズ鮮やかな色彩に驚かされました。【宇】 それほどの巨匠の大回顧展の印刷物となると、かなり熟考されたかと想像されます。今回の全体コンセプトと、個別アイテムのデザインについて、ぜひ教えてください。
【岡】 最初に五館共通の「展覧会図録」(練馬区立美術館宇都宮美術館三重県立美術館兵庫県立美術館広島県立美術館, 2018年)に取り組んだので、これが出発点になっています。本展は、原画やデザイン画が多数出品されるため、サヴィニャックのデザイン画に引かれた「グリッド」を、図録のエディトリアル・デザインのベースに取り入れ、老若男女を問わず受け入れられるサヴィニャックの絵の可愛らしさ、魅力を生かす配置と、多色使いの鮮やかなカラー・スキームを意識しました。表紙だけはでなく、本文の随所に「切り抜きイラストレーション」を入れることで、親しみやすいデザインも心掛けています。続いて、図録を踏まえて、そのイメージを活かしながら、同じく「グリッド+切り抜きイラストレーション」というコンセプトを採用したのが、「宇都宮美術館の宣伝物」です。そして、サヴィニャックの「グラフィック・デザイナーとしての側面」を打ち出すために、ポスターとチラシの背景には「幾何学的に見える書体」を大きく入れ、グラフィカルな紙面構成を試みています。一方、チケットは、券種ごとにイラストレーションを変え、展覧会に行きたくなるような楽しさを演出しています。【宇】 「紙」に対するこだわりも感じられますね。
【岡】 ポスターとチケットは、敢えてザラっとした紙(ブンペル ホワイト 四六判 Y 95.0kg)を選びました。今日の印刷物を特徴づけるシャープさを抑え、懐かしさレトロ感を優先したテイスト、サヴィニャックの時代感覚を実現するためです。逆に、送・配布量とともに、多くの人々が手に取る機会が多いチラシは、見やすく、なじみの良い紙(b7ナチュラル 菊判 Y 59.5kg)にしています。
【宇】 仰る通り、サヴィニャックが最も輝いた時代のムード、彼の個性も「質感のあるポスター用紙+リトグラフ」に負うところが大きく、しかも半世紀以上も前の作品ですから、今になって見ると、物理的に「古色蒼然」としたものになっています。この独特なテイストを、現代のデザイナーの眼と印刷技術によって、岡田さんは秀逸にまとめられましたね。それでは最後に、岡田さんが代表を務めておられる「ランプライターズレーベル」をご紹介ください。
【岡】 グラフィック・デザイナーの岡田と、編集者の小林功二で構成されるデザイン・ユニットです。雑誌、書籍、カタログ等の編集、エディトリアル・デザインを中心に、企画からデザインまで一貫した提案を得意としています。
【宇】 本日はお忙しいところ、ありがとうございました。当館での「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」展が始まりましたら、ぜひご高覧ください。

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