建造物めぐり④聖心教会初代・二代・三代聖堂

聖心教会

●教派
ローマ・カトリック教会

 1858年(安政5年)、幕府はアメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスの五ヶ国と、それぞれ修好通商条約を締結しました。これを受けて翌年、フランス政府は初の駐日領事を江戸へ派遣し、この時、領事館の通訳兼司祭として来日したのがパリ外国宣教会プリュダンス=セラファン=バルテレミ・ジラール司祭です。
 キリシタン禁制下ではあったものの、ジラール司祭は教会の設立に向けて秘かに動き、1860年(万延元)12月に山下居留地(神奈川県横浜市中区山下町)で司祭館が竣工します。1861年1月24日(万延元年12月14日)になると、司祭館に移ったジラール司祭が聖心教会(現・カトリック山手教会)を発足させ、1862年1月10日(文久元12月11日)、初代聖堂が聖別されました。日本近代における最初の教会建築の誕生です。

[下図]モティーフの建造物(画面中央)は聖心教会初代聖堂です

三代・歌川広重 《横浜商館天主堂ノ図》1870年 所蔵・画像提供:神奈川県立歴史博物館

 キリスト教が禁じられていたことに鑑みて、あえて聖堂らしからぬ印象を与えるようファサードは新古典主義風の意匠としました。基本構想はジラール司祭が担い、造営が日本の大工や石工の手によるため、瓦葺の屋根形状などは和風を呈します。

[下図]身廊上部の屋根を嵩上げし、高窓を設けた改築後の様相です

聖心教会初代聖堂 正面・側面 1904年頃撮影(1898年の改築後)『聲』312号(1904年6月)東京:三才社 所収 所収文献所蔵・画像提供:上智大学図書館

 以降、キリシタン禁制の高札がを撤去された1873年(明治6)から1898年(明治31)の間、改築・改修を重ね、本来の姿かたちが確認できないほど変貌を遂げます。意匠もさることながら、躯体を木骨石造から木骨煉瓦石張に造り替え、最終的には石目を覆う塗装を施した仕様とし、途中で塔屋の追加や、天井を嵩上げする工事さえ行われました。

初代聖堂(横浜天主堂)の建造物概要
●今日の名称(所在地)
現存せず
●年代
聖別1862年(文久元)
改築・改修1873~1874年(明治6~7)、1874年(明治7)、1881年(明治14)、1898年(明治31)
●設計・施工者
プリュダンス=セラファン=バルテレミ・ジラール司祭(基本構想)、施工者不詳
●工法・構造
当初は木骨石造平屋建、改築・改修後は木骨煉瓦造石張平屋建/2階建、3層塔屋付
●様式
ファサードは新古典主義を基調とし、改築・改修後に全体の姿かたちが変貌

[下図]初代聖堂があった場所には記念碑が建っています

聖心教会初代聖堂(横浜天主堂)跡 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 1906年(明治39)、聖心教会は横浜市山手町(中区山手町)へ移ります。初代聖堂は解体され、その旧材と煉瓦を用いた二代聖堂が同年5月13日に聖別式を挙げました。

聖心教会二代聖堂 正面・側面 1906年撮影(山手町移転後)工藤應之助 編『聲』361号(1906年6月)東京:三才社 所収 所収文献所蔵・画像提供:上智大学図書館

 パリ外国宣教会ジャック・エドモン・ジョセフ・パピノ司祭の設計により、木骨煉瓦造、モルタル仕上で、高い双塔が聳える白亜のゴシック式です。

聖心教会二代聖堂 内部 1906年頃撮影(山手町移転後)カトリック山手教会教会史編纂委員会 編(1982)『聖心聖堂百二十年史:横浜天主堂から山手教会への歩み』横浜:カトリック山手教会 所収 所収文献所蔵・画像提供:カトリック山手教会

二代聖堂(横浜山手町天主堂)の建造物概要
●今日の名称(所在地)
現存せず
●年代
聖別1906年(明治39)
●設計・施工者
ジャック・エドモン・ジョセフ・パピノ司祭(設計)、施工者不詳
●工法・構造
木骨煉瓦造2階建、モルタル仕上、4層塔屋付(双塔)
●様式
ゴシック・リヴァイヴァル

 しかし、1923年(大正12)9月1日に起こった関東大震災に耐えられる造りではなく、他の施設とともに失われました。それから三代聖堂が完成されるまでは、簡素な仮施設で当面をしのぎます。

聖心教会仮聖堂[連載記事「教会めぐり」より、若千(挿画)《横浜山手教会》]1931年(関東大震災後)『日本カトリック新聞』1931年11月8日号 東京:日本カトリック新聞社 所収 所収文献所蔵・画像提供:上智大学図書館

 1933年(昭和8)11月23日に聖別された三代聖堂では、構造設計に長けたヤン・ヨセフ・スワガーが鉄筋コンクリート造を採用し、復興様式とは別種のモダン・ゴシックを試みています。

聖心教会三代聖堂(現・カトリック山手教会聖堂)全景 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 南東に内陣を置き、切り詰めた翼廊、三廊式身廊、北西の玄間間から成る平面は定石通りで、半八角形の後陣と、ラテン十字形を内包する長方形が融合したバシリカを示します。

聖心教会三代聖堂(現・カトリック山手教会聖堂)内部(改装工事中)2022年撮影 撮影:church2023.jp

 身廊の南西中央に高々と建つ塔屋の形状、その四周と窓の間に設えた水切りのある控え壁はゴシックの建築言語に従い、すべての開口部、身廊と内陣を囲む連続アーチ、身廊や側廊の天井を支える横断アーチも尖頭形で統一されました。

聖心教会三代聖堂(現・カトリック山手教会聖堂)塔屋と南西側面 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 外壁の装飾は、玄関扉左右に添えたコンポジット式柱頭の束ね柱、その上や他の部分のレリーフ、正面ステンドグラスの飾り迫縁などポイントが絞られ、簡潔明瞭な表現を旨とします。工業素材のコンクリートを「近代の石」と捉え、教会建築に適切な使い方が模索されたことは想像に難くありません。結果、多様な質感を生み出すための工夫が図られ、外壁の腰壁は桜色の自然石張・洗い出し、他を明るい無彩色のリシン仕上げとしています。

聖心教会三代聖堂(現・カトリック山手教会聖堂)塔屋の控え壁 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 内部については、腰壁が肌理の細かい人造石を張って研ぎ出し、腰上から天井までを白い漆喰で覆い、即物的な素材に聖性がもたらされました。

聖心教会三代聖堂(現・カトリック山手教会聖堂)南西側廊の束ね柱とステンドグラス(改装工事中)2022年撮影 撮影:church2023.jp

三代聖堂の建造物概要
●今日の名称(所在地)
カトリック山手教会聖堂(神奈川県横浜市中区山手町)
●年代
聖別1933年(昭和8)
●設計・施工者
ヤン・ヨセフ・スワガー(設計)、関工務店(施工)
●工法・構造
鉄筋コンクリート造地下1階・地上2階建、一部石張、3層塔屋付
●様式
モダン・ゴシック