ヴォーリズとガーディナーの相違
北米YMCA(キリスト教青年会)の派遣により、1905年(明治38)に来日したウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880~1964年)は、明治末から昭和戦後に至るまで、教会堂を始め、他のキリスト教施設、世俗の建造物を多数手がけました。その総数は1,500件にのぼります。
母国アメリカで建築の専門教育を受けず、実務経験もなく、しかし日本では幅広い人脈を持ち、わが国の事情通という立場で実績を積み上げた点においては、ジェームズ・マクドナルド・ガーディナー(1857~1925年)に似ています。ところがヴォーリズの場合、ビジネスの手腕に長け、伝道と設計・監理業が一体的な企業を起ち上げ、社会事業家として成功を収めたところがガーディナーとは大いに違いました。
日本組合基督教会 大阪基督教会二代会堂
ヴォーリズが設計したプロテスタント教会のなかで年代的に早い本会堂は、2階に聖壇(北西)、会衆席、入口空間(南東)を配し、入口側階上にギャラリーを設けた長方形平面の大会堂です。北東・南西の幅は15.4メートル、北西・南東の奥行が28.7メートルを誇り、身廊部で最も高い部分は15メートルに及びます。
1階には講堂と玄関間を置き、左右の階段は2階、ギャラリーに至ります。
伝統的な教会建築でいうバシリカ(十字架形平面)に準拠していますが、聖壇が膨らみを持って前に張り出すこと、翼廊を切り詰め、三廊式身廊の側廊が非常に狭く、逆に広々とした身廊に並ぶ会衆席の円弧形配置に独自性が見て取れます。
このような造りは、プロテスタント教会でもリベラルな会衆派のあり方、礼拝の特質と密接に関わるとしてよいでしょう。
身廊を囲む列柱は半円アーチで結ばれ、聖壇まで続き、壇上の垂れ壁で完結します。垂れ壁の形状を始め、側廊の窓、身廊の高窓も半円アーチで統一し、高い天井を支える構造にはキング・ポスト・トラス(心束式洋小屋)が採用されました。
基本的にはロマネスクを踏まえた復興様式で、中央に架けた大きな切妻屋根、翼廊の細い差掛屋根、正面妻壁の大きな薔薇窓など、外観の特徴もそのことを明確に示しています。
ただし、西洋中世の建築言語の切り張りは避け、質実で記念碑的な会堂にまとめ、意匠面で煉瓦を多用しながら、近代工学に則る複合構造としたところに、ヴォーリズの手腕が発揮されました。
日本組合基督教会 大阪基督教会二代会堂の建造物概要
●今日の名称(所在地)
日本基督教団 大阪教会会堂(大阪府大阪市西区江戸堀)
●年代
献堂1922年(大正11)
●設計・施工者
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(設計)、岡本工務店(施工)
●工法・構造
複合構造(無筋・鉄筋コンクリート、鉄骨、煉瓦、木などの併用)3階建、6層塔屋付
●様式
ロマネスク・リヴァイヴァル
●教派
プロテスタント教会(会衆派)