建造物めぐり⑨京都聖三一教会初代礼拝堂

ガーディナーとコンドル

 人物略歴の3回目で紹介したジェームズ・マクドナルド・ガーディナー(1857~1925年、来日1880年)は、日本近代における教会建築の礎を築いた建築家の一人です。世代的にも、活躍の時期も、工部大学校(のち帝國大学工科大学)で教鞭を執り、鹿鳴館(竣工1883年)の設計で知られるジョサイア・コンドル(1852~1920年、来日1877年)と重なります。

聖三一教会(現・日本聖公会 東京聖三一教会)初代礼拝堂(ジェームズ・マクドナルド・ガーディナー設計)内部 1889~1894年頃撮影 Episcopal Church, Domestic and Foreign Missionary Society ed. The Spirit of Missions. (August, 1903) Burlington: J.L. Powell. 所収文献所蔵:立教大学図書館 画像提供:立教学院史資料センター

 両者は出自と立場が異なり、キリスト教の施設設計に関する考え方も同じとは言えませんが、ともに居留外国人の文化人サークルを通じて面識がある間柄でした。そして何よりも、西洋近代の歴史復興主義をわが国で実践し、木骨石造から煉瓦造の時代に生きた建築家という点で共通します。それゆえ明治東京地震(1894年)で被災、あるいは関東大震災(1923年)で失われた建造物が多いことは否めません。

[下図]ガーディナーの三一会館と三一神学校は明治東京地震で被害を受け、コンドルの横浜クライスト・チャーチ二代礼拝堂とともに、関東大震災で消滅を余儀なくされました。

[左]三一会館、三一神学校 全景(ジェームズ・マクドナルド・ガーディナー設計)外観 1889~1894年頃撮影 Episcopal Church, Domestic and Foreign Missionary Society ed. The Spirit of Missions. (August, 1903) Burlington: J.L. Powell. 所収文献所蔵:立教大学図書館 画像提供:立教学院史資料センター[右]横浜クライスト・チャーチ二代礼拝堂(ジョサイア・コンドル設計)1901~1902年頃撮影 根谷崎武彦(2012)『クライストチャーチと横浜山手聖公会の150年:第22回聖公会歴史研究会資料』和光:根谷崎武彦 所収 所収文献所蔵・画像提供:横浜クライスト・チャーチ/横浜山手聖公会

京都聖三一教会初代礼拝堂

 このような時代背景を持つガーディナーの教会建築のなかで、京都聖三一教会初代礼拝堂(現・日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂)は聖別当時の姿かたちが残され、建造の経緯も辿ることができる希少な事例です。

京都聖三一教会初代礼拝堂(現・日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂)全景 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 建物の造りは、内陣(東)、身廊(西)、両翼廊(南・北)から成る十字架形平面(バシリカ)を呈し、二つの翼廊の東に礼拝準備室(南)、塔屋(北)が位置します。

京都聖三一教会初代礼拝堂(現・日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂)全景 1898年撮影 Episcopal Church, Domestic and Foreign Missionary Society ed. The Spirit of Missions. (September, 1898) Burlington: J.L. Powell. 所収文献所蔵・画像提供:立教大学図書館

 三廊式の身廊は左右対称ではなく、南側廊の方が幅広です。

京都聖三一教会初代礼拝堂(現・日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂)内部 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 南東の角には八角形の洗礼室が設けられ、ポーチは北側廊の北東側、下立売通に面しています。

京都聖三一教会初代礼拝堂(現・日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂)洗礼室 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 どっしりとした煉瓦造、太い控え壁、それを覆う石の水切りが眼を引く外観と、華奢な木の束ね柱、鋭角なシザーズ・トラス(鋏形洋小屋)、手工芸的な木製トレーサリー、ステンドグラスが織り成す内部の対比は、ガーディナーのアングリカン・ゴシック・リヴァイヴァルの特徴です。

京都聖三一教会初代礼拝堂(現・日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂)塔屋 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 とりわけこの頃のガーディナーの仕事には、ヴィクトリア朝(英国)のゴシック・リヴァイヴァルに対する米国文化人の憧憬の念と、アーキテクト(建築家)でもビルダー(施工者)でもないレイ・ミッショナリー(非聖職宣教師)らしさ、すなわち一種のアンバランスな感覚が窺われます。

京都聖三一教会初代礼拝堂(現・日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂)内陣側から望む会衆席 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 それだけに、現場を預かる人々の尽力は大きかったに違いありません。本礼拝堂に関しては、まさに日本のビルダーを写した貴重な図版から、(右から順に)煉瓦工、棟梁、現場監督、筆頭大工、筆頭石工らの貢献が判明しています。このうち「棟梁」が隣接する聖公会のミッション・スクール平安女学院の現場も担った東京の成田久平、洋装の「現場監督」はガーディナーの協力者と考えられます。「成田」と染め抜いた半纏姿の「筆頭大工」は、明らかに久平の組の職人で、図版には登場しないものの、京都の初代・津田甚六郎(大工)の参画の可能性も、津田家(津田甚建設)に伝わる礼拝堂の矩計図が物語ります(*)

*津田甚建設さんにお伺いしたところ、本礼拝堂の建造当時(1896~1898年)、同社創業者の初代・津田甚六郎は、京都の棟梁、金田伊助の「金田甚」で働いていました。伊助は礼拝堂が工事中の1897年(明治30)に廃業し、これを機に甚六郎は、伊助の仕事を引き継ぐ「津田甚」を興します(建設業としての創業は1907年)。このような経緯から、津田家では「金田甚」と押印された図面類を大切に保存し、これには本礼拝堂の矩計図も多数含まれます。

京都聖三一教会初代礼拝堂(現・日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂)建築工事 1896~1897年撮影 Episcopal Church, Domestic and Foreign Missionary Society ed. The Spirit of Missions. (April, 1897) Burlington: J.L. Powell. 所収文献所蔵・画像提供:立教大学図書館

京都聖三一教会初代礼拝堂の建造物概要
●今日の名称(所在地)
日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂(京都府京都市上京区烏丸下立売角堀松町)
●年代
聖別1898年(明治31)
●設計・施工者
ジェームズ・マクドナルド・ガーディナー(設計)、成田久平+初代・津田甚六郎ら職人集団(施工)
●工法・構造
煉瓦造2階建、3層塔屋付
●様式
アングリカン・ゴシック・リヴァイヴァル
●教派
聖公会