大谷石と里の信仰① 山の神

大谷の里を訪れると、屋敷の裏山に石造りの鳥居をしばしば見かけます。敷地内や路傍には小ぶりの石祠が無数にあり、この地の風土に根差した神様が、石とともに人々の暮らしに溶け込んでいることがよく分かります。また、こうした小さな社とは別に、地域を束ね、ランドマークにもなっている神社が散見され、自然石と大谷石建造物の組み合わせである点が注目されます。

立岩神社 石祠群|2016年|宇都宮市大谷町 撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム (C)Utsunomiya Museum of Art
立岩神社 石祠群|2016年|宇都宮市大谷町
撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム
(C)Utsunomiya Museum of Art

 

三つの社
なかでも、大谷の中心に位置し、切り立つ磐の懐に抱かれた「大山阿夫利神社」(おおやまあふりじんじゃ:宇都宮市大谷町)

大山阿夫利神社|2016年|宇都宮市大谷町 撮影=大洲大作 (C)Daisaku Oozu
大山阿夫利神社|2016年|宇都宮市大谷町
撮影=大洲大作
(C)Daisaku Oozu

石切りに従事する家々が農村に点在する景観のなか、石を運んだ軽便鉄道の廃線跡に面する「立岩神社」(たていわじんじゃ:宇都宮市大谷町)

立岩神社|2016年|宇都宮市大谷町 撮影=大洲大作 (C)Daisaku Oozu
立岩神社|2016年|宇都宮市大谷町
撮影=大洲大作
(C)Daisaku Oozu

地区の西北、水田の上に迫り出した巨大な岩を拝む「岩原神社」(いわはらじんじゃ:宇都宮市岩原町)

岩原神社|2016年|宇都宮市岩原町 撮影=大洲大作 (C)Daisaku Oozu
岩原神社|2016年|宇都宮市岩原町
撮影=大洲大作
(C)Daisaku Oozu

は、特筆に値する存在として良いでしょう。
それぞれの主たるご祭神は、大山津見神(おおやまつみのかみ:大山阿夫利神社)、石析神・根析神(いわさくのかみ・ねさくのかみ:立岩神社)、市杵島比売命(いちきしまひめのみこと:岩原神社)と異なりますが、何れも『古事記』『日本書紀』では冒頭部に登場する古い神々です。そして、わが国の山・里の風土、その恵みに祈念・感謝しながら営む生活、素朴で根源的な自然崇拝と関係しています。

 

記紀神話の神々
山の精霊が神格化された大山津見神は、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)・伊邪那美神(いざなみのかみ)の間に生まれ、あらゆる「山の神」の最高位であると同時に、「水の神」「田の神」としても信仰を集めて来ました。すなわち、里にあっては、水源、豊饒を司る神様なのです。ちなみに「阿夫利」とは、「雨降り」が転じた言い回しで、山岳信仰、祈雨で知られる「雨降り山」こと大山(神奈川県伊勢原市)

http://www.isehara-kanko.com/publics/index/164/

を指し、大谷の社は、伊勢原の大山阿夫利神社

http://www.afuri.or.jp/

の参詣ブーム(大山講)、関東圏に於ける大山の布教活動と縁を持っています。よって、毎年10月25日に行われる「山神祭」に際しては、伊勢原からご神体を分けていただき、石山の安全、産業・地域の繁栄を祈願します。
一方、石析神と根析神は、対で主祭神とする神社が栃木県下には非常に多く、言わば土地の神様です。記紀神話によると、伊邪那岐神が火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ:火の神)を斬った際に、その血が磐に触れて誕生した、とされます。つまり、剣を媒介に火・岩から生まれ、「(山の)石と(野に張った植物の)根を裂く神々」――道具を用いて山野を切り拓き、人々が暮らす場所を造った神様たちに他なりません。

立岩神社|2014年|宇都宮市大谷町 撮影=大洲大作 (C)Daisaku Oozu
立岩神社|2014年|宇都宮市大谷町
撮影=大洲大作
(C)Daisaku Oozu

また、天照大神(あまてらすおおみかみ)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)の誓約にあって、後者の剣から生を受けた市杵島比売命は、「水・水(海)運・交通の神」です。

岩原神社 夜明け前|2016年|宇都宮市岩原町 撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム (C)Utsunomiya Museum of Art
岩原神社 夜明け前|2016年|宇都宮市岩原町
撮影=宇都宮美術館「石の街うつのみや」展 調査・撮影チーム
(C)Utsunomiya Museum of Art

大谷地区では、このような神々が皆、地の石に宿るものとして祀られ、鳥居、拝殿、本殿、石祠、燈籠、狛犬などには、大谷石が使われて来ました。