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コレクションと学習キットでデザインを学ぶ

平成9年3月に開館して以来、宇都宮美術館では「デザイン」に焦点を当てた活動を進めてきました。内外のさまざまなデザイン動向を紹介する企画展や小企画の開催、そして日本の公立施設では稀に見る膨大なデザイン作品の収集です。平成23年3月の時点でコレクション総数は約6,300点となりましたが、実にその四割をデザインの領域が占めています。ポスター、チラシ、絵はがき、パンフレット、雑誌、書籍、デザイン原画をはじめとするグラフィック作品、家具、照明器具、家庭用品、工業製品、玩具、ジュエリー、テキスタイル見本などのプロダクト作品――時代、デザイナー、クライアント、メーカーを見ても、19世紀末から現代に至る世界の国々と地域に及んでいます。

平成16年度には、これらの作品を活用した美術館教育プログラムの策定、オリジナル教材の開発という新規プロジェクトに着手しました。そのコンセプトは、全ての人々に対して開かれた新しいデザイン基礎教育の模索です。単にデザイン論やデザイン史、デザイン表現、デザイン鑑賞に関する専門知識を断片的に示すものではありません。むしろ、この領域に関わる制作と受容、生産と消費、研究とプロデュースに対する自然な興味や認識を目覚めさせることにあり、それを実現するために近・現代デザインとライフスタイルを体験的に学ぶことを提案しています。

私たちに最も身近な「デザイン」は、作品[製品]と生活、社会が深く結びついて成り立つものですが、この特質を十分に理解し、それを踏まえた総合的なデザイン基礎教育は、わが国では確立されていません。教科書や教材が不足しているのはもちろん、特に学校教育[小・中学校、高等学校]と生涯学習はデザインと縁遠く、美術館や博物館でも普及活動は未開拓です。専門教育[専門学校、大学・大学院]であっても、この領域の「理論・歴史研究」「表現・テクノロジーの追求」「鑑賞教育」は、分断されたかたちで行われる傾向が強いと言えます。

こうして、今や世界のデザイン大国と言われる日本を担う若い世代、既にデザインを享受している一般の人々、ひいては専門家のニーズにも応えることを目ざして、d.e.l.i.(注1)プロジェクトが始まったのです。文化庁の支援を受けた昨年度は、コレクションから厳選した28点のデザイン作品によるカード式パンフレット[ワークシート&テキスト編]、これらを素材とした8種の教材[キット編]を制作しました。パンフレットは、ページ[作品]ごとに切り離すことができ、それぞれが独立したワークシートになっています。8つの日常的なキーワード「着る Fashion & Culture」「坐る Furniture」「食べる Tableware」「使う Industrial Product」「見る Art and Technology」「遊ぶ MuseumStudies」「識る Graphic Technique」「伝える Visual Communication」をタイトルとするキットは、単独としてもセットとしても使え、それ自体が美しいデザイン作品として成立するよう工夫を凝らしました。プロジェクト・チームには、自らが豊かなデザインの受容者であると同時に、プロデューサー、クリエイター、研究者、教育者、あるいは学生として活動する多彩なメンバー(注2)が参加しています。

d.e.l.i.プロジェクトで最も重要なことは、オリジナル教材を用いた学習プログラムが宇都宮美術館に限定されず、他の施設、小・中学校から生涯学習の現場までデリバリー[出前]され、あらゆる年齢の人々が小グループでも多人数でも取り組めることにあります。

(注1)「d.e.l.i.」とは、「デザイン教育」(design education)のための「学習アイテム」(learning items)という4つの単語の頭文字です。ピザや弁当の「デリ」(出前)にも由来します。「デリ(バリー)」(delivery)という言葉は奥が深く、もっとも一般的な「配達すること」のほかに、(人や場を)救うこと、(事物やアイデアを)受け渡したり、送り出すこと、(子供を)生むこと、講演を行うことなどを意味します。

(注2)本プロジェクトのコア・メンバーは次の通りです――勝井三雄[武蔵野美術大学名誉教授]、陣内利博[武蔵野美術大学教授]、添田あき[イラストレーター]、榎本敏雄[フォトグラファー]、上村晴彦+木村勇太[ファッション・ブランドMAROBAYA主宰]、都築弘樹[家具研究]、橋本優子[宇都宮美術館学芸員]、石橋昌子[勝井デザイン事務所]、川又淳[武蔵野美術大学大学院]、高橋奈保子+天満屋瞳+前田奈津子[武蔵野美術大学]、安藤巴絵[女子美術大学]

 

パンフレットについて

このパンフレットでは、奇数ページ[カード表面]に素材とした作品に関する詳しいデータ、偶数ページ[同裏面]に短いワーク[課題]とテキスト[解説]を掲載しました。ワーク&テキストは、知識を問うQ&A[問題集]ではなく、一人[独習]、二人[対話]、複数[グループ学習]、不特定多数[コミュニケーション]の手がかりとなるものです。文章表現のレベルは、ワークを小学校4年生以上、テキストは中学生以上をひとつの目安としています。しかし、仮に年少者であっても、指導法、使う場面や状況さえ工夫すれば、十分な理解を得ることができ、専門家にとっても、デザイン基礎教育に触れる充実した内容になっています。

 

デザイン・キット 内容

 

1

人のすがたをキャンヴァスと考え、その上に単純な色と形で描いた抽象画。遠い外国の民族衣装を思わせるモダン・ダンスの舞台衣装。スカートや髪を短くしたモダン・ガールの生き方。薬品のような香りの化粧品。モダニズム(近代主義)に対する違和感。かかとの高いブーツとジーンズ。人形の服を着せ替えながら、ファッションが映す時代や流行の変遷を学びます。

 

2

簡素で使いやすい木工椅子 ― 部材の数、大きさ、かたちをくらべて見ましょう。部材と部材はどのようにつながっているのでしょうか。丈夫で値段の安い金属パイプ椅子 ― 部材をばらばらにすると、椅子はいったいどうなるのでしょうか。縮尺2分の1の模型を組み立てたり分解することで、モダン・インテリアの優れた造形性、人間工学、生産技術を学びます。

 

3

いつでも、どこでも、だれでも使いやすいこと。衛生的で割れにくいこと。長く使ってもあきないこと。そして、料理をおいしく味わえること。オリジナルを忠実に復刻したリプロダクション製品、私たちになじみ深い学校給食の食器セットをくらべながら、食生活や文化の違い、時代を超えるグッド・デザイン(良いデザイン)とは何かを学びます。

 

4

うす切りの焼いたパンを台所から食卓へ運ぶ器具。試験管を立てたり乾かす器具。化学者がデザインしたコーヒー・メーカー。台所用品そっくりの漏斗[ろうと]とフラスコ。素材、かたち、使い勝手に共通性があり、本来の使用目的を逆にすることもできるデザイン作品と理科の実験器具をくらべながら、プロダクト・デザイン(工業デザイン)の成り立ちを学びます。

 

5

人はなぜカメラを発明したのでしょうか。仕組はどうなっているのでしょうか。かたちと仕組はどんな関係があるのでしょうか。本物の古いカメラ、それにヒントを得て制作したオリジナルの大きなカメラ・オブスキュラ(内側が黒い箱にレンズをはめ、レンズと向かい合う内側の白い面に外側の景色を写す装置)を用いて、見ること・写すことに関わるテクノロジーと製品デザインを学びます。

 

6

地球(儀) ― 世界(地図) ― 日本(地図) ― 栃木県(地図) ― 宇都宮市(地図) ― うつのみや文化の森公園(縮尺400分の1の敷地模型) ― 宇都宮美術館(縮尺100分1の美術館模型) ― 展示室(縮尺25分の1の展示室模型) ― そして私たちと作品。マクロの世界からリアルな世界へ。三種類の縮尺による模型や工具を用いて、美術館とは何かを学びます。

 

7

ポスターとは何のために作られるのでしょうか。絵画や版画との違いは何でしょうか。そんな根本的な問いから始まって、石版、グラビア印刷、オフセット刷、シルクスクリーン、木版、活版に代表されるさまざまの印刷技法を、名作ポスターの美しいイメージ、分かりやすい技法解説、触ったり虫めがねで見ることができる「刷り見本」によって学びます。

 

8

宣伝される「もの」や「こと」をありのままに大きく描いた即物的ポスター。わざと昔風の書体を使ったり、逆に写真の合成によって斬新なイメージを打ち出した政治的ポスター。ユーモラスなイラストレーション。クールな写真表現。グラフィック・デザインに関するさまざまのアイデアや方法を、ワークシートとパロディ作品で学びます。