語句解説③モダン・アングリカン

 語句解説の2回目で記したように、12世紀後半~15世紀のヨーロッパで花開いたゴシックは、教会建築の頂点を極めました。ただし拠点のフランス、ドイツ、イギリスのほか、各地におけるゴシックの様相はそれぞれに異なります。カテドラル(司教座聖堂)と、それ以外の聖堂、小さな教会堂では、建物の規模もさることながら、造りに違いが見られます。

建築学参考図刊行委員会 編(1931)『西洋建築史参考図集』東京:建築学会 より、ゴシック(パリ、ノートル・ダム大聖堂 全景)

 16世紀前半に宗教改革を経験したのち、近世から近代にかけての復興様式、すなわち18世紀後半以降のゴシック・リヴァイヴァルはさらに多種多様です。必ずしもルーツが一つではないゴシックと、他の様式の混淆、教派性、新たな解釈、世俗の建造物や、わが国を始めとする非キリスト教国での独自な展開などがありました。
 同じ明治日本であっても、すでに建造物めぐりで取り上げた④聖心教会二代聖堂(聖別1906年、ジャック・エドモン・ジョセフ・パピノ司祭設計、ローマ・カトリック教会)と、⑨京都聖三一教会初代礼拝堂(聖別1898年、ジェームズ・マクドナルド・ガーディナー設計、聖公会)のゴシック・リヴァイヴァルは異質です。

[上]聖心教会(現・カトリック山手教会)二代聖堂 全景(スケッチ)1906年頃(竣工当時)カトリック山手教会教会史編纂委員会 編(1982)『聖心聖堂百二十年史:横浜天主堂から山手教会への歩み』横浜:カトリック山手教会 所収 所収文献所蔵・画像提供:カトリック山手教会[下]京都聖三一教会初代礼拝堂(現・日本聖公会 聖アグネス教会礼拝堂)全景 1898年撮影 Episcopal Church, Domestic and Foreign Missionary Society ed. The Spirit of Missions. (September, 1898) Burlington: J.L. Powell. 所収文献所蔵・画像提供:立教大学図書館

 聖公会(アングリカン・チャーチ)の場合、1833年から始まったオックスフォード運動(信仰復興運動)に刺激を受け、教会建築はゴシックの大聖堂が理想とされました。こうして小規模な礼拝堂であっても、内陣と身廊を明確に区分し、高い内陣に共唱席を設け、さらに高く、奥まった至聖所の祭壇上に十字架、燭台を置き、建物内外に象徴的な装飾、意匠を凝らす様式がイギリス国内外で広まります。
 これがイギリス(英国聖公会)から直接、並びにアメリカ(米国聖公会)、カナダ(カナダ聖公会)から明治日本にもたらされ、ガーディナーに代表される第一世代の外国人建築家と、国内の施工者により、わが国の事情に合うかたちに改変され、アングリカン・ゴシック・リヴァイヴァルとして根を下ろしました。

大阪英和学舎聖テモテ教会礼拝堂 全景(スケッチ)1883年(竣工当時)Episcopal Church, Domestic and Foreign Missionary Society ed. The Spirit of Missions. (September, 1883) Burlington: J.L. Powell. 所収文献所蔵:立教大学図書館 画像提供:立教学院史資料センター

 昭和戦前になると、復興様式という意味でのゴシック志向が強い日米の聖公会の意向に基づき、イギリスに由来するさまざまな中世の建築言語を組み合わせ、かつ鉄筋コンクリート造(RC造)に適する近代的な様式が誕生します。生みの親は、第二世代のジョン・ヴァン・ウィー・バーガミニと、信徒建築家の上林敬吉でした。これをモダン・アングリカンと称し、広義のゴシック・リヴァイヴァルとは区別して捉える必要があります。

宇都宮聖約翰教会(現・日本聖公会 宇都宮聖ヨハネ教会)礼拝堂 塔屋と南東側面 2014年撮影 撮影:church2023.jp

 バーガミニと上林の協働で編み出されたモダン・アングリカンは、同じような床面積のそれほど大きくないRC造の礼拝堂を前提とし、内陣+礼拝準備室+単廊式身廊+塔屋(単塔)+玄関・ポーチという平面計画、これらの意匠を標準化した点が特筆されます。建造物めぐり②宇都宮聖約翰教会礼拝堂(聖別1933年、上林敬吉設計)はその完成形ですが、外壁に大谷石を張っているため、この様式に典型的なディテールを知るには、他の事例の方がわかりやすいでしょう。

聖オーガスチン教会(現・日本聖公会 高崎聖オーガスチン教会)礼拝堂 塔屋 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 外観で最も目立つのは、城塞の胸壁のように凸部と狭間が連なる王冠状の頂部を戴く塔屋で、ノルマン(11世紀、イングランドのロマネスク)に由来します。四隅には、水切りのある控え壁が付され、上へ行くに従い、三段または四段に折り上げて上昇感を示し、これはイギリスに限らず、ゴシックに共通するディテールです。

郡山聖ペテロ聖パウロ教会(現・日本聖公会 郡山聖ペテロ聖パウロ教会)礼拝堂 南側面 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 水切りのある控え壁は、外壁の随所に見られます。中世の大聖堂においては、控え壁(バットレス)が高い主壁を支える構造的な機能を有し、水切りが控え壁を雨や雪から守る意味を持っていましたが、後世には教会建築の象徴的なディテールとなりました。

聖オーガスチン教会(現・日本聖公会 高崎聖オーガスチン教会)礼拝堂 東妻壁の控え壁 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 たとえ地震国の日本であっても、階高が低く、小規模で堅固なRC造の礼拝堂ならば、控え壁は実質的に不要と言えます。それでもなお、バーガミニ上林の礼拝堂群には、必ず水切りのある控え壁が造作され、意匠上のポイントになっています。

秋田聖救主教会二代礼拝堂(現・日本聖公会 秋田聖救主教会礼拝堂)北西側面のステンドグラス 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 開口部は、細長い尖頭アーチ(ゴシック・アーチ)か矩形が採用され、これもゴシックに源泉があります。

盛岡聖公会二代礼拝堂(現・日本聖公会 盛岡聖公会礼拝堂)ポーチと玄関扉 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 玄関扉の周囲の飾り迫縁は、ロマネスク以来、大聖堂の正面性を強調する複雑な石彫の意匠を、RC造に相応しい形状に簡略化しています。

盛岡聖公会二代礼拝堂(現・日本聖公会 盛岡聖公会礼拝堂)身廊・内陣のシザーズ・トラス 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 内部に眼を向けると、切妻屋根の小屋裏、その支持体を成す小屋組を露出させることがほとんどで、大概は木のシザーズ・トラス(鋏形洋小屋)です。その下弦材が創出するかたちは、聖公会(アングリカン・チャーチ)が成立したチューダー(15世紀末~17世紀初頭、イングランドの宗教改革期・ルネサンス)を特徴づける四心尖頭アーチ(チューダー・アーチ)にほかなりません。

秋田聖救主教会二代礼拝堂(現・日本聖公会 秋田聖救主教会礼拝堂)内陣から望む会衆席 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 この独特なアーチは、堂内の開口部その他、各所に確認でき、空間を分節する意味も持っています。

郡山聖ペテロ聖パウロ教会(現・日本聖公会 郡山聖ペテロ聖パウロ教会)礼拝堂 礼拝準備室兼塔屋に至る扉と2階の開口部 2022年撮影 撮影:church2023.jp

 壁は白い漆喰仕上、祭壇を始めとする内陣の設え、腰壁や建具、椅子はレリーフを施した木製で、手工芸的な趣を湛えます。これらの仕様は、標準化の一環というよりも、聖公会の伝統に基づいており、チューダー、アングリカン・ゴシック・リヴァイヴァル、アーツ・アンド・クラフツ運動などの要素が融合したものです。